7. 学習と認知の神経基盤
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1. 学習とは
学習
人間や動物が何らかの経験をすることで行動が比較的永続的に変化すること
行動の変化であっても、経験ではなく成熟や加齢の影響によるものや動機づけの変化によるもの、一過性のものは学習に含まれない
学習はその性質によって分類されうる
非連合学習: 同一刺激の繰り返しが反応を変化させる学習
馴化(habituation)
同一刺激の繰り返しによって反応が小さくなっていく現象
e.g. ミミズに振動刺激を提示すると、初めは頭部を引っ込めたり身体をよじったりする反応が見られるが、振動刺激を繰り返すとそのような反応は徐々に小さくなっていく
鋭敏化(sensitization)
同一の刺激を繰り返し与えることによって生体の反応が大きくなっていく現象
e.g. ネズミに大きな音を提示したときに生じる聴覚性驚愕反応の大きさを測定すると、繰り返し刺激によって驚愕反応が最初のうち徐々に大きくなる過程がみられることがある
繰り返し刺激をさらに続けるとやがて馴化する
連合学習: 複数の要因(刺激と刺激、生体の行動とその結果など)同士の関連付けを行う学習
古典的条件づけ(パブロフ型条件づけ, レスポンデント条件づけ)
もともと連合していなかった刺激と刺激の関係性を連合させる学習
e.g. パブロフ(Pavlov,I.P.)による有名な条件づけ実験
イヌにベル音を聞かせただけでは当初は唾液の分泌が生じず、肉片を見せると無条件反応として唾液の分泌が生じるが、イヌ対しベル音と肉片とをほぼ同時に提示することを繰り返すうち、やがてそのイヌはベル音を聞いただけで唾液分泌を示すように成る
オペラント条件づけ
ある環境に置かれた生体が、何らかの行動をした場合の結果として生じた事象の意味あいによって、次にその行動をする確率が増えたり減ったりする、というタイプの連合学習
生体自身の行動とそれがもたらした結果との連合
社会的学習
観察や模倣による学習
人間やそれに近い動物の場合、報酬なり罰なりを自分自身が受けなくても、他個体の行動とその結果との関連を観察することによる学習が可能
2. 単純な神経系における学習メカニズム
軟体動物であるアメフラシを標本としたエリック=カンデル(Kandel, E.R.)らの研究
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動物種を越えて共通すると思われる学習原理の神経メカニズムを追求する際、人間よりもはるかに単純な神経系をもつ動物を研究対象に用いるという工夫をすることには利点がある
アメフラシのモデル生物としての利点
神経細胞が大きいため、電極を刺入するなどの実験が比較的容易
神経細胞の数もそれほど多くなく、すべての神経結合が明らかになっているのも、解析する上で非常に有利
カンデルらは、アメフラシの「えら引っ込め反応(えら引っ込め反射)」(gill withdrawal)を行動指標とし、この反応の大きさの変化をもたらす学習過程を担う神経機構を明らかにしようとした
えら引っ込め反応は、アメフラシの水口に向かって水を軽く吹きかけるなどの触刺激によって生じる
この行動の神経機構は、水口への刺激によって感覚神経細胞が興奮し、それが運動神経細胞とのシナプスを介して信号を伝え、運動神経細胞から筋肉(えら)に収縮の指令が出されるという、非常に単純なもの
水口への触刺激はアメフラシにとって無害なものであり、この刺激が繰り返されると徐々にえら引っ込め反応の大きさが減弱し、馴化が生じる
減弱が生じうる部位の可能性として考えられるもの
1) 感覚神経細胞の感受性が徐々に下がる
2) 感覚神経細胞から運動神経細胞へのシナプス伝達が徐々に減弱する
3) 運動神経細胞から筋肉(えら)への伝達が徐々に減弱する
実験の結果、2番目の可能性に合致する結果が得られた
感覚神経細胞に人工的に電気刺激を繰り返し与えると、運動神経細胞で記録される興奮性シナプス後電位(EPSP)が徐々に小さくなった
さらにこのシナプスにおける伝達効率の低下は、感覚神経細胞-運動神経細間シナプスにおいてシナプス前部からの伝達物質放出が徐々に減少したためでって、シナプス後部の感度が減弱するのではないことも明らかになった
水口に対する繰り返しの水刺激によってえら引っ込め反応が順化した状態で、アメフラシの尾部に短い電気ショックを与えると、次に水口刺激を与えた際、えら引っ込め反応の大きさが復活した
つまり脱馴化(dishabituation)現象が見られれた
えら引っ込め反応が元のように大きくなるというこの行動変化を担う神経メカニズムは、水口からの感覚神経細胞と運動神経細胞との間のシナプス部に、尾部刺激によって活性化される神経細胞から受け取った介在神経細胞がセロトニンを放出する、ということから始まる
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セロトニンを放出するこの介在神経細胞は、水口からの感覚神経細胞の軸索終末部上にシナプスを形成している
尾部への電気ショックにより神経伝達物質セロトニンが放出されると、それを受け取る側の感覚神経細胞の軸索終末部にある代謝型セロトニン受容体が活性化され、細胞内のアデニル酸シクラーゼという酵素が活性化される
この酵素の作用により、cAMP(環状AMP)が合成され、cAMPはタンパク質リン酸化酵素の一つであるPKA(Aキナーゼ)を活性化させる
このPKAは感覚神経細胞の軸索終末部の膜電位依存性カリウムイオンチャネルをリン酸化し、その結果K+チャネルは不活性化される
以上の一連の反応の結果生じるK+チャネル不活性化がもたらすのは、この軸索終末部における活動電位の時間経過の延長
つまり、活動電位の再分極相(脱分極とオーバーシュートの後に膜電位が静止膜電位に向かって下がっていく過程)ではK+の流出が生じることにより膜電位が下降するが、K+チャネルのリン酸化により不活性化が生じるとK+の流出が阻害されるので、軸索終末部における活動電位の再分極相の時間経過が遅くなり、静止膜電位に戻るのが遅くなる
つまり、1回の活動電位あたりの脱分極時間が長くなるので、軸索終末部の膜電位依存性Ca2+チャネルが開いている時間も長くなり、結果として軸索終末部に流入するCa2+量が増加する
伝達物質放出量はこの軸索終末部の細胞内Ca2+濃度が高いほど増えるから、ここからの伝達物質放出量が増加し、運動神経細胞の興奮性シナプス後電位(EPSP)が増大するということ(Kandel & Schwartz, 1982)
なお、さらに長期的な行動変化には、PKAの活性化の後、感覚神経細胞の遺伝子発現の調節も加わることがわかっている
このように、単純な神経系を用いることにより、経験によって生じる行動変化の基礎にある細胞メカニズムの一端を知ることができる
アメフラシで見いだされたような分子レベルでのカスケードによって行動変化が生じうる点は、系統発生樹において互いに連続性がある以上、人間やそれに近い動物における学習メカニズムを考えるうえでも参考になると思われる
3. 脳内報酬系と依存
オペラント条件づけのようにより複雑な学習の場合、その神経機構を明らかにするのは容易ではない
しかし少なくとも、オペラント条件づけが成立するためには、その生じた結果が自己にとって好ましいか好ましくないか、という判断を行うための情報処理が生体の神経系で行われているはず
言い換えると、好ましい状態に対応する脳内の活動、好ましくない状態に対応する脳内の活動といったものが、オペラント条件づけのような連合学習には少なくとも関与しているだろう
脳内の報酬系といわれる箇所がどこなのかは、主に脳内自己刺激(intracranial self-stimulation:ICSS)という実験手続きによって明らかにされてきた
オールズとミルナーは、ラットの脳に慢性電極を埋め込み、ラットがレバー押しをしたときにこの電極を通じてその脳部位に電流が流れるようにした(Olds & Milner, 1954)
その結果、ある脳部位に電極が刺入されている場合にレバー押しが非常に多く生じる(1時間あたり1,000回以上のレバー押しが生じうる)ことが見いだされ、これが脳内自己刺激と呼ばれる現象
刺入する電極の位置を変えることにより脳内自己刺激が生じる脳部位がどこなのかを調べれば、ある行動の生起頻度をた構えるために必要な脳活動部位すなわち脳内報酬系を同定することができる
そのような脳部位として当初は中隔があげられていたが、後年の研究により、視床下部、大脳辺縁系やさらに後方の脳幹部にまで広がっていて、内側前脳束に沿った比較的広い領域にわたることが示された
現在では、中脳の腹側被蓋野から始まるドーパミン作動性神経細胞が前方に投射し、側坐核に至る経路が報酬系として重要視されている
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脳内報酬系は、その活性化が次の行動の生起頻度を高めることから、オペラント条件づけの成立における重要な系と考えられる
しかし、薬物依存などのように、生体にとって不適切な行動の生起頻度が高められる場合もあり、依存(addiction)と脳内報酬系との研究も進められている
ある薬物の投与を刺激とした場合の、動物のレバー押しの頻度を調べることによって、各薬物の報酬価の高さを調べる方法がある(薬物の自己投与実験)
レバー押しをすると被験体の静脈に対して薬物が投与される仕組みの実験装置において、依存性薬物(覚醒剤や麻薬など)が投与されなくてもそれを求めて何回レバー押しするかを薬物間で比較することによりその被検体にとっての報酬価を知ることができる
ラットがコカインあるいは覚醒剤であるアンフェタミンを静脈内自己投与した際にはレバー押しが顕著に見られるが、そのときの側坐核における細胞外ドーパミン濃度の変化を測定した研究(DiCiano et al., 1995)によると、ラットのレバー押しの生起(それらの薬物投与)に対応するように側坐核でのドーパミン濃度が著しく上昇した
そのメカニズムとしては、コカインの場合ドーパミンの取り込みを行うドーパミントランスポーターに結合して阻害することにより、ドーパミンによる伝達を強める働きがある(Rtiz et al., 1987)
アンフェタミンの場合は細胞膜のドーパミントランスポーターから取り込まれてシナプス小胞にある別の種類のドーパミントランスポーター(VMAT-2)を阻害することにより、細胞内のドーパミンを細胞膜のドーパミントランスポーターから細胞外へ逆に輸送させシナプス間隙のドーパミン濃度を高める(Sulzer et al., 1995)
モルヒネはGABA作動性の介在神経細胞に抑制的に作用することを通じて、結果としてドーパミン作動性神経細胞の活性化を引き起こす
多くのこのような薬物が側坐核におけるドーパミン作動性伝達を強める作用を持ち、脳内報酬系の異常興奮により脳に病的な可塑的変化が生じると考えられる
脳内報酬系のバランスが崩れて渇望状態を引き起こし、それを解消するためにその薬物に再度手を出してしまう確率が高くなると考えられる
4. 空間認知の生理心理学的基盤
動物は迷路などの新奇な環境内を探索するうちに空間学習が進み、その環境全体に関する何らかの地図情報を獲得するという考えがあり、20世紀なかばにトールマンによって認知地図(cognitive map)の概念が提唱された
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場所細胞(place cell)
環境内のどこにいま自分がいるのかという情報を符号化している神経細胞として、海馬の場所細胞(place cell)が知られている
オキーフらは、環境内を自由に移動するラットの現在位置と海馬神経細胞の活動とを同時記録する装置を用い、迷路内のある特定の場所にラットが来たときにのみ活動を示すようになる神経細胞を海馬CA1領域で見出し(O'Keefe & Dostrovsky, 1971)、場所細胞と名付けた
それぞれの場所細胞が担当する環境内領域のことを場所受容野(place field)といい、それぞれにある特定の場所受容野をもつ神経細胞群によって動物の可動エリアがカバーされている
グリッド細胞(gird cell)
さらにモーザー夫妻により、場所細胞の応答の基礎となる空間座標を形成しうる神経脂肪が内側嗅内皮質(海馬に線維を送る部位)で見いだされ(Fyhn et al., 2003)、動物の移動領域内において格子状に応答領域があることからグリッド細胞(gird cell)と呼ばれる
動物が環境内を探索するうちにグリッド細胞の応答特性が定まり、グリッド細胞からの海馬神経細胞への入力の収斂によって海馬のおのおのの場所細胞の場所受容野が形成されていると考えられる
→8. 脳とホルモンからみた情動